ふーなの日記

通信制高校に通う高校生です。統合失調症を抱える家族がいます。

死にたかった日々だったけど、不思議なことに今、生きている

私が高校1年生の時の話なのですが、とても暗い内容なので不快な気持ちにさせてしまうと思います。


ご注意下さい!!




今の通信制高校の前にいた高校は、入るのが少し難しい所でしたがなんとか入れまして



ずっと憧れていた部活があり、この部活に入って勉強と部活を両立して、中学生の時は



母に心配ばかりかけていたので、今度こそは!と思い、最初は成績も保つことができました。。



まわりからも褒められて、よく頑張ってるね!と母も家族もまわりがみんな笑顔で本当に嬉しかった



んです。ずっとダメなやつとおもっていましたが、自分もやれば出来るんだと思えました。



だから、この期待を裏切らないようにもっとがんばんなきゃ!と自分にプレッシャーをかけ続けまし


た。



その部活は1年生と3年生しかおらず、部員も多くはありませんでした。。



でも先輩のことを本当に尊敬してこんな素敵な先輩になりたい!と思い、失敗は多かったものの



本当にこの部活に入れてよかったと思いました。。




けれど、3年生の先輩が引退して1年生だけになりました。



でも、このメンバーと一緒にがんばっていきたいと思っていました。




春の大会に向けて、役割を決めることになったのですが、役割の中で1番大変な仕事がありました。



みんな、その仕事にはつきたがらず、私もきっとこなす事が出来ず迷惑をかけるだろうと思い、



申し訳ないけれどまわりの子にお願いしようと思っていました。



けれど、ある部員の子が


「私はこの仕事につかないけど、誰かこの仕事について首つれ〜!」と言っていたのを聞いて、



本人は悪気はなかったのでしょうが、許せなくて、、もし仕事を引き受けた子がそうなってしまった



らどうしようと思い、自分が引き受けることにしました。。



最初はなんとかこなす事ができていましたが、寝れない日々が続き、足が鉛のように重くなり



毎日、死にたいと思っていました。食欲不信や自傷行為が続いたり、とっくに限界を超えていました



が母には迷惑をかけたくない!もっともっとがんばんなきゃ!!と自分に鞭を打ち続けていました。



心身ともにボロボロになり、忘れ物や遅刻、ミスばかりが続くようになってまわりから白い目で



見られるようになりました。



ある練習がある日にやらなければいけない仕事があったのですが、やらないまま当日を迎え


みんなに本当に申し訳なくて、でも、自分がいなくても練習はまわっていたんです。


その瞬間、「自分なんかいなくてもまわるんだ」と馬鹿馬鹿しくなって、それから糸がきれたように



自殺未遂を繰り返しました。



学校にいけない日が続き、私も自分が悪いのだからこんなの悩みの内に入らない!と思い、



家族にも友人にも誰にも話せませんでした。。



成績も最下位に近いものをとり、みんなの顔はどんどん曇っていきました。。




学校に行かないと怒られるから、学校にいくふりをして、近くの公園のトイレで母や姉が出勤



するまでそこにいました。「ここで首を吊ったら楽になれるかな?」と何度も考えましたが、



迷惑がかかると思い、それはしませんでした。



だから、1番迷惑がかからない方法を!と思い、毎日自殺サイトを見て、自殺の方法を



調べていました。ときには、薬局で睡眠薬を買って大量に飲み干してこれで明日という日がきません


ように!と願いながら、寝ましたが朝はきたんです。体はフラフラでもまわりからはただの


サボっているダメなやつとみられ、先生からも見放されていました。。



誰も味方なんかいないんだ、これ以上生きてても迷惑をかけるだけだと思い、



遺書を書いて「誰も何も悪くありません。全部自分が弱かっただけです。本当にごめんなさい。」



と書き、コードを用意して思いっきり首をしめました。




味わったことのない痛みが体全身に走りましたが、この痛みさえ我慢すればもうこの地獄のような


日々から解放されるんだと思い、手を緩めることはありませんでした。



そして意識が朦朧とした時にふと、家族や友人、中学生の時にお世話になった恩師のことを思い出し


たんです。。


「もしこのまま死んでしまったら、きっとみんな自分を責めるんだろうな。なんで助けられなかった


んだろうって思って、みんなの人生狂わせちゃうんだろうな。」と思い、自分を苦しめていた


手が止まりました。



死ぬことも出来なければ、みんなに迷惑をかけて生き続けるしかないんだ、、と絶望しかありません


でした。。



その後も何も変わることなく、まわりからは白い目で見られ、先生からも


「おーい、わちゃわちゃしたやつ!!」と馬鹿にしたようにクラスのみんなも一緒になって笑われた


り、明らかに生きるより死んだほうが何百倍も楽だった。。



もうこの部活を続けることは出来ないと思い、なんとか一年間は頑張って辞めました。



二年生ではなんとか平和な日常を送ることが出来ましたが、廊下で部活の子達や先生とすれ違う



たびに死にたくてしょうがなかったです。姉の病気が再発して、再び学校に通えなくなり、



その学校を辞めることになりましたが、心から辞めてよかったと思います。。



今も長いトンネルの中にいますが、あの時、死ななくてよかったと思えるようになりました。



今でも死にたいとは思いますが、あの地獄のような日々を思い出せば


「自分、あの時本当によく頑張ったよなあ。本当につらかったね。」と自分自身に優しく



語りかけている自分がいて、驚きました。



自分の全てを好きになって、抱きしめることはまだ出来ていませんが、それでいいんだと



思えるようになりました。「嫌いな所や嫌な所があって当然だよなあ!でも、自分だけが悪者だった


わけじゃない、勝ち組とか負け組とか、もうどうでもいいじゃん、その真ん中目指していけばそれで


いいんだ!」そう、少しずつ思えるようになりました(。-_-。)



苦しい日々はまだまだ続きそうですが、生きてれば本当になんとかなるんですよね。



だから、がんばらず、ダラダラしてなままけ道を極めたいと思います!(笑)




みなさんもゆっくり焦らず亀さん🐢のようにいきましょうね!( ´ ▽ ` )ノ💗



長くて暗い内容でしたがここまで読んで下さって本当にありがとうございますね!!😁🌷