ふーなの日記

通信制高校に通う高校生です。統合失調症を抱える家族がいます。

姉の統合失調症日記その3

続きになります!🎵



姉が入院する事になり、母はほとんど毎日のように面会に行っていました。


私をママチャリの後ろにのせて、病院を行く道に長い上り坂があったのですが、


今もなんとなくですが覚えています。


汗を流しながら必死に自転車を漕いでいた母の後ろ姿、思い出すとなんだか懐かしいです😌


姉は入院する前だったと思うのですが、金髪に染めたり、派手な色の物を好むようになりました。。


何かの記事でうつ状態になると景色が全て灰色になってしまうと書かれていて、それも関係あったの


かな。。それは本人にしか分かりませんが、ほんの少しの変化でも家族は気づいてあげなければと


去年の再発を機に思いました。。もっと早く気づいてあげれば姉が苦しい思いをする事はなかったん


じゃ?と思うと申し訳なくて苦しくなりますが、過去に戻ることはできないんですよね。。


だからこそ、今、これからできる事を少しずつしていきたいと思います。。



話を元にもどしますと(。-_-。)



面会ではお弁当を持っていったり、近くの公園に行ってピクニックをしたりなど


姉の気分転換になることをしました。。私も母が行く時にはついて行った覚えがあります。


母が「あんたが居てくれたから辛い時も乗り越えられたんだよ。」と言ってくれて


本当に生まれてきて良かったと思いました。。



記憶が曖昧で部分部分の話で申し訳ないのですが、


姉の状態が本当に悪かった時に、ある事件が起こりまして、今もはっきりと覚えています。。


姉が統合失調症と分かった時に母は病気に関する本をたくさん買って、勉強していましたが


最初の頃、父は全く病気を理解しようとしませんでした。。


姉が物に当たったり、部屋をぐちゃぐちゃにした時に父が「やめろー!!!」と


怒鳴りつけて、姉が興奮してハサミを持ち出して父に向かって切りつけようとしました。


なんとか姉を抑えて、父は怪我をしませんでしたが、小さい頃の自分にとっては


怖くて怖くて仕方がありませんでした。。泣きながら鏡面台の下に隠れて震えていた覚えが


あります。。あれは苦しかったなあと今は思い出話として話せるようになりました。。


苦しかったことも辛かったことも忘れる事なんて出来ないですし傷として残ります。。


けれど何年、何十年立つと濃くはっきりとしたものが滲んだように薄れていきました。。


人って不思議ですごい生き物だなあと改めて思います。。



長くなってしまったのでまた続きを書きますね〜!(*^◯^*)


ここまで読んでくださってありがとうございますね😆🌷



今日も一日おつかれさまでした!!😊✨



どうか台風の被害がこれ以上でませんように。。

協助する方もされる方もどうかご無事でありますように。。。

心からお祈り致します。。